第3章を終え、第4章の未来へ

TICADを終えてその後のクライアント周り、セネガルメンバーの送り出し。まさしく自伝の第3章を終えるような壮絶な二ヶ月だった。

途中疲れと時差で卒倒しそうになり、日記代わりに書いているFBに記載していないと疲れ切ったあの日々の記録がなくなってしまいそうだ。

本人のそんな意識とはリンクせず世の中は動く。

明確なビジュアルを持って我が道を、我らの道を貫き、フランスからわざわざ日本法人を立て、西アフリカからアプローチしていた。そうしてメンバー一丸でやり遂げた成果で世間は動き始め、やはり日本より、アフリカ現地で課題がガチに有り、売り先であるアフリカ側の方が反応がよいことを聞く。

日本側で調達も動いていてありがたいアドバイスや連携を持てそうだが、なかなか理解してもらえないが僕らのアフリカビジネスは「利益」を上げ「サステイナブルな新産業をアフリカに創る」事にある。まさしく資金調達の種としても最高なはずなのだが。日本はまだ我々についてきていない。

先週はTICAD後処理と疲れを癒すために土曜日に整体に行ったが揉み返しで全身ガチにだるく日曜終日、月曜半日休んでいたが今日から復活だ。

今日から第4章が動き出す。

第1章 フランス留学と移住への道
第2章 フランス起業と会社を人に任せる事
第3章 日本での起業と西アフリカへの道
第4章 日本での資金調達とアフリカ販路開拓
第5章 アフリカITビジネスと現地工場稼働へ
第6章 組織運営の移譲とアフリカ経済圏内輸出
第7章 他産業への展開、南米・日本への輸出
第8章 若手と現地人に託し引退。
おまけ 投資家業傍ら高齢社会課題解決に従事。

ま、未来は予定だが決めとけば現実化するからの。

TICAD7 を終えて。今の想いとこれからの事

様々な機会と出会いがあり経験もしました。

一つの目標としていた一大イベントを終えホッとしているが、終わったのではなくこれからがスタートだ。

この一年で、フランス、日本、セネガルのメンバーと力を合わせここまでやってこれたので、今年後半の調達や提携がなされれば、TICAD 8ではより多くの成果が報告出来ると信じてる。

アフリカビジネスの先輩である、合田さんや秋田さん、清水さん、石本さん方々など数多くの頑張って結果を出し報告をしているみんなの活躍もものすごく刺激になった。

牡羊座だけに闘争心がメラメラ燃えやすいが、会期内のブースでアフリカの方が言っていた「ケーキは分け合わないと」とのセリフが妙に腑に落ちた。

これまでフランスで小さなパリというマーケットでICT事業を大きくしてきたが、なにぶんパイが少なく分け合うにも、分けあっては生き残りにかかる話しになるが、アフリカ全土で考えると54か国、10億人以上、フランス語、英語、ポルトガル語、アラブ語、など様々な公用語が満ち溢れ、国土も広大な訳で、分け合うケーキは分け切れない程ある。

僕らはフランス語アフリカ、特に主にセネガル🇸🇳、そしてMOU締結民間パートナーのOlivierやSimon, Kouassi Koffi Eliなどとコートジボワール🇨🇮という分けられたケーキに乗っている。

展開は仏語圏中心であり、また東アフリカで展開していたものを持ってくる時の仏語圏カウンターパートとなり得る訳で、また逆も然りだ。

当然民間競争原理から競い合う面もあるだろうが日の丸チームとして出来ることとしたら、綺麗事だがお互いにビジネスを売りあえれば良い分けで、当然あえて仏語圏の得意な僕ら自身が、自ら東アフリカへ出ていく必要すらない。

今回、スピードの速い何人かと新しい試みのパイロットモデルをアフリカて作る話を進める。

いま時代の求めるものはニーズへの対応だ。

日本の業界構造の限界はユーザー一人一人のニーズに寄り添う形でないと売れない事に対応出来ていない事。

スピードの速いアメリカか中国がなぜ世界を席巻しているか?資本力だけでない、変化に適応しさらにその先へ行っているからだ。

日本は歴史やルール、空気を重んじ、謙遜こそ美徳な文化ベースなので、主張という面を見ると海外勢からして希薄に見えるし、なので力に対抗しない、仕方ないと自分を納得させる希少な民族とも言える。

なので既存の組織や風習を変化させる事も、特に内部からは「主張」すれば「美徳」として捉えられず、結果不得手で政官民共に新たな構造への変化はつけづらい。

利権もあるだろうし、しかし維新の名のつく政党があるくらい意識は高まってるだろうが、明治維新なりの物騒な事をしなくても、一人一人他者を思いやれる「意識ミニ維新」がまとまり、大多数の声となるまで導けば僕は日本はさらに良く変われると思う。

なので、日本人でありながら外様であるフランス起業家としてそして、セネガルを見ている日本のベンチャーとして、第三国の視点から、もっと日本はこうすべきと、すでに日本人が日本でも気がつきながらも口にない事の代弁すらする使命を持っているかもしれない。

最後に、すでに直リンは紹介したが、日本法人で締結した二つのMOUが下記の外務省のサイトで案内されている。

僕らのMOUは自社のためだけではない。

一部、宇宙より遠いいと言われているアフリカは大企業でも難しい地域と「困難」なイメージが先行しすぎている。

ならばとスタートアップが切り開こうと「知らないはリスクだ」とVCや投資家もその「困難」なイメージから後ろ向きだ。

大企業でなくとも創業1年半のスタートアップでさえ、アフリカ政府を相手にMOU位結べるものだって知ってもらいたかった。

本気でやりゃあ相手も人間だし使命感を持った人達もざらにいる。出来るんだ。

追記:日本国内ではなく日本が外国、特にアフリカへの進出するテーマの話です。

TICAD7番外編:外務大臣へのプレゼン風景

ハッキリ言ってかなり度胸のついた場でした。
挨拶させていただいた場はセネガル政府代表と日本の議員団の昼の会食の場でした。
セネガル側にはBa外務大臣、Hott経済計画協力大臣、DiopAU常駐大臣、Ciss駐日大使、公使、書記官の方と、日本側は、セネガルに縁の深い北村議員、奥野議員のほか、厚生労働副大臣や多くの代議士の方々がいらっしゃる場でのフランス語で1分ピッチでした。

この時はHott大臣がいらっしゃられた事を気付かず、それなりに練習してきたパワーワードをからめ、僕自身は緊張で引きつりながらもほぼ笑顔で終わらせられた。

外務大臣に挨拶する前には北村議員自ら私の肩を組み、なんと驚く事に「He is my Friend, he has great person」と外務大臣に直接お話し頂いた後の紹介だったので、すっと話に入り、そこからはフランス語での会話だったので、大臣も聴きやすかっただろう。

さらに考えてみれば、外務大臣、経済計画協力大臣、大使、公使、書記官にも改めて説明を聞いていただく機会であって、AU常駐大使も、パンフレットを一枚欲しいと渡したので、すごい機会だったのだろう。

後からメンバーと友人が撮ってくれた写真を見ると、外務大臣へ北村議員が寄り添ってくれながらの説明風景を背景にセルフイッてるDiop常駐大使とHott大臣w

Ciss大使もこの事があったのか「またゆっくり話そう」と言いにブースに改めて来てくれたのだろう。

さらに保健省のMBENGUE 事務次官とCiss大使はワシントン時代に仕事していた仲間らしく、ブースの写真をご覧になり「おー、アラサン(保健省事務次官のファーストネーム)と署名したのか」とそれの写真を見て会話が弾みさらに親近感を感じてくれたようだ。

そして日本側。

これまで代議士の方々とのご縁はあまり無かったけど、今年四月のサル大統領就任式に総理代理でダカールへいらした北村議員が「私の友人です」と紹介してくださった事。

そしてランチの場に入る事をお許しくださった先生方、そしてこういった場自体をつないでくださった友人。

ご縁と応援してくださるチェーンの様な繋がりの運命的な繋がりを思うと言葉が出ない。。
お礼は言葉だけでなく、必ず最短で結果を出すことも、動いてくださっ方への責務と考える。

まずは心から御礼申し上げます。頑張りまっせ!