ご講演のお誘い、大変ありがたい機会です

この二年で数多くアフリカや国際事業のテーマで講演をさせて頂いています。
タイミングが合いお受けした後に、どんな方達が何を聞きたいかな?どんなことを伝えられるかと気持ちを込めてプレゼン資料を作り込みます。

ストーリーを何度も考え組み立て直し、どこでどう話そう、強弱はこうと一通り決める。
講演で使うページは重複しようと、他で使った資料をそのまんま使いまわしてお話しした事は無いかな。話す相手が毎度違うからね。

そうして、よしよしストーリー通りに出来たと満足し、話す内容はなんとなく考えるものの、あとは本番のインスピレーションで話す内容は少々変わる。アフリカを見てきて、長年経験した経営者視点でアウトプットしたものなので頭の中にすべて世界があるからそれを選んで話すだけだから。

さて、講演の際、気をつけるのは主催者の組織の目的や哲学、そしてイベント開催意図がまず大事。そしてそこに集まるみなさんのお立場もまた大事。

アフリカ、保健、エネルギー、国際起業家、エンパワーメント、そして教育とテーマが増えてきますが、講演は「相手が聴きたいこと話す」事で互いの情熱の交換と楽しい質疑が得られる。それこそ一体となりシナジーさえ湧く。

そこで開催意図が不鮮明だったり、意図がズレていたりしては、ツボのズレたマッサージの様に、何だか効果の薄い、さらには辛い時間にさえなってしまう。

アフリカを目指す組織は欧州のそれと違い、様々にあって本当に面白い。NPO NGO 社団 スタートアップ 大企業 コンサル 国際機関 政府 省庁 銀行 ファンド エンジェル 投資家 自治体 任意団体等、多様に多様。さらにはアフリカ開発系は補助金やODA関連予算もあり、これまた深い世界も見てきた。

すべては当たり前に存在し否定しないし、それぞれの常識と文化で動いていてずいぶん社会見学をしてきた。その中で「あ、一緒にやりたい」と感じた人達と座組みをし始めている。

そう、スタートアップの利点は相手を選んで組める自由さがあるからね。

そのご縁も、冒頭でお話しした講演のご依頼によりお話しする事で、また、今はオンラインとなり講演しても相手の顔は見えないが、見えないなりに不思議なご縁に結びついている事が多い。

明後日は、国立研究開発法人 国立国際医療研究センター 国際医療協力局のLAF会という西アフリカ医療に携わる方々の集まりでお話しする。
あのアフリカの診療所で見てきた多くの患者さんはちゃんとそこにいて先生1人で本当に苦労して頑張っている。

電気と通信で1人でも命を救っていきたい、そして一人でも多くの子供にメジャー言語をマスターし高等教育を学ベルようにしていきたい。願いはシンプルであとはどれだけ展開していくかだ。

まだまだ草の根活動ではあるが、新たな方々との出会いも楽しみだ。そして、早くお会いしての講演会も可能となるように、世界の感染症も早く収まってもらいたいと心から願う。

診療所の先生のインタビュー再掲します。
一人で何千人の命を診ている素晴らしいお方。https://youtu.be/cCQUOTOEepI

会社は社長の器以上に大きくならない

タイトルの呪縛のような言葉に何度自己叱咤してここまでやってきたか。

フランスで起業したがフランスの日本社会はマーケットが小さく、少しずつ規模を増やすことが出来るが人件費との兼ね合いから煩雑なオペレーションを増やすと命取りになると将来的を見据えて11年目に入るときにフランスの仕事は後進に託し、2社目のチャレンジで日本法人を始めた。

相手はいきなり、日本とアフリカだ。

1997年にフランスへ移住してから2018年まで日本に居なかったので、時折日本に来ていた程度だとこれまた日本人の顔してるのにわからない事ばかりだった。会議といえば最大一時間なんて誰も教えてくれないって。

作って直後からアフリカに振り返り、CISS 大使との出会いからセネガルへ目を向けセネガルで好感触を掴むが、新しい足元である日本において、ファイナンス面がここまで海外へ目が向いていないしかもアフリカが宇宙よりも遠いいとは本当に驚愕だった。

知らないという事は良しも悪しもあるが、「誰もやってない」からが「無理だ」と解釈する日本、結局責任回避する思考のからくる「実践」があるかどうかが判断基準となり「実績ない」=「取り扱えないから無理」と判断してる事もあとからわかった。

まーこの時点でもう少し諦めが早かったらまた違っていたかもしれないが天邪鬼な心からフランスで芝居すると渡仏し結果会社を作り雇用を作り自立した組織が作れてしまった。誰がやっているかこういう事もという自負もあるから、じゃあやってやろうじゃ無いかと、参画メンバーに苦労をかけながら今まで来た。

器といういう意味では境界を上げるという言葉もあるが、社会的立場が高い人と会話をすると初めは緊張で高揚したりするが、サイヤ人では無いがそれからの反省から次こそと踏ん張ると次は素直に話が出来るようにもなったり。

TICAD 7で国家元首を見かけては「畏れ多さ」な雰囲気で近寄ることすら出来なかったが、セネガルで大統領と握手し少しだが直接の会話をした事でだいぶ胆力が鍛えられた。そう、ぼくは相当のチキン野郎だったからね。

まー、それからはセネガルでは大臣クラスとも話が少しは楽になり、事務次官や局長クラスなら緊張感はなくなった。自らの作った会社ブランディングでここまで来れたことに嬉しさも持つ。

そして日本でも投稿しているように、大会社の会長社長や議員さん内閣副官房長官などともお話しする機会を頂きまたもやチキン野郎が顔を覗かすが、おかげさまで相手が日本人であっても緊張は段々としなくなってきた。

「アフリカのセネガル保健省を説き伏せMOUを締結し未電化村落の診療所10箇所へ全て自助努力と自費で仲間と全てやってきた。」

そうですか、それでトラクションは?

と言わせつづけていたが、実務思考でないもう少し上の立場の方々にようやくその価値をわかってもらえるようになりこれは嬉しい。

普通にこなしているように思うが、大臣クラスとの面談はプロトコル的に日本も大臣クラスが会う事でバランスが取れる。在京大使も全権大使なので天皇・首相ともお会いできる立場に置かれている。

会社をなんのために大きくするかというのはまさしく論語と算盤であるが、アフリカの広い大地のデジタルインフラを進める事で多くの人達がより良い自立した生活が送れる様になるわけで、そこへの日本式の底支え力は世界に類を見ない力なのだ。

その為に雇用を増やしていくのに収益も必要だし新たな投資が必要にもなる。

徐々に公共性を持った事業へと発展させたいと考え始めたが、やはり誰にも理解がされないとしても「こう絶対あるべき」と見えた現実があるので有ればそのミライから逆算した今からそこへ向かって諦めずに進むのが良いと今でも思うしそれをやってきて良かったと心から思える。

三年前の自分と比較しても今はだいぶ成長したと思える。まだ世間はついてこないけど間違いなくセネガルやアフリカは僕らの実現化を待ってるしそこに、安全に生まれて未来を作る人材も生まれてる事を待ってるだろう。

僕の会社は、私の会社はこのくらいで良いの。

な思考でも良いが、僕も起業二週目の48歳であり、次の人材育成を同時にしつつ、描いた未来に繋ぐためにも出来るだけ標準化をすすめ、フランスで成功したように僕がいなくとも安定した企業グループとしないとならない。

そのために社長は器をむりくりにでも広げないとならない。と僕は僕自身に対して今も思っている。

日本経済新聞朝刊に三段記事で掲載されました!

本日2/17月曜日の日本経済新聞朝刊(全国紙)の新興・中堅Biz (7)面で取り上げて頂きました。

これまでの活動と、今後の活動の両面に着目頂き、デジタル版では欧州でもみられるとの事で、世界中へこれ以上ない「有言実行」の「有言」をさせていただきました。

外務省によるセネガルでの投資促進ミッション前にこのように取り上げて頂きタイムリーなご縁を感じます。

セネガルへの投資はダイレクトに出来なくとも、信頼出来る協業パートナーがいれば連携する事で如何様にも可能となる。

ヒトモノカネジョウホウの四資源を持ち寄り、それぞれがプロとして事業形成する事で不可能なことはない。それをずっと海外でやってきたし。

良い案件、それも東アフリカと特性が全く違い、安定したフランス語圏アフリカで!と我々は思っておりますので、どうぞご一緒出来る方は是非仲間になって頂けると幸いです。

早速フランス語にも訳してくれたので、セネガルの勝手にメンバー化した偉い人たちともシェアします。

引き続き応援のほどよろしくお願い申し上げます。