越境する思考、実装する現場。
日本、フランス、そしてアフリカ。
3つの拠点を結び、医療・電力・物流の課題に挑む。
これは、国境を越えて「仕組み」を創り続ける、一人の実践者の記録である。
Origin: 衝動の原点
1972 – 1993
1972年、東京生まれ。
すべての始まりは、12歳の夏だった。
小学校6年生の時、灰谷健次郎の小説『太陽の子』に心を奪われた。「行かなければならない」。理屈ではない衝動に突き動かされ、両親に頼み込んで10万円だけを手にした。
ブルートレイン「あさかぜ」と飛行機を乗り継ぎ、返還後12年の沖縄へ。
パックツアーではない。自分で時刻表をめくり、宿を手配し、路線バスで島を巡る。
自分の足で歩き、自分の目で確かめる。この時に刻まれた「現場主義」の感覚は、40年経った今も、アフリカの僻地を歩く私の足取りと重なっている。

1982, Okinawa. 最初の旅。この時のドキドキを、今も覚えている。
高校卒業後、横浜の大黒ふ頭で就職するも、既定路線の人生に強烈な違和感を覚える。
「自分の人生は、これでいいのか?」
答えを探すように退職し、バックパック一つで欧州へ。半年間の放浪の果てに辿り着いたパリで、私は「自由」の感触を知った。
Challenge: 異邦人としての葛藤
1997 – 2017
1997年、パリへ移住。
演劇学校「Ecole Florent」に入学。異国の言葉、異なる文化の中で、身体一つで感情を伝える「表現」の世界に没頭する。舞台の上で学んだのは、人の心の機微と、言葉を超えたコミュニケーションの本質だった。

Paris. 役者を目指していた日々
その後、NTT Europeでの勤務を経て、2008年にフランスで最初の起業(SUCRECUBE Technologies)を果たす。
しかし、直後にリーマンショックが世界を襲う。仕事は蒸発し、「経営者」とは名ばかりの長く暗いトンネルを歩いた。
異邦人として、孤独と向き合いながら信頼を積み上げる日々。この苦難の時期が、経営者としての「胆力」を育てた。
40代半ば、さらなる成長を求めて日本の大学(通信課程)を卒業、グロービス経営大学院でベンチャーマネジメントを学ぶ。経験則を理論で補強し、次なる飛躍への準備は整った。
Vision: 架け橋から、共創へ
2018 – Present
2018年、株式会社シュークルキューブジャポン設立。
フランスから逆進出する形で日本法人を設立。「日本・フランス・アフリカ」を結ぶトライアングル経営が始動する。
転機は、セネガルの無電化村で訪れた。
「電気がなくて、夜の出産は命がけなんだ」
現地の医師の言葉に衝撃を受け、電力と通信を届ける「TUMIQUI(ツミキ)Project」を立ち上げる。
単なる物資の支援ではない。現地の人々が自立し、持続的に運営できるビジネスモデルの構築。セネガル保健省との連携、関西電力グループ等からの資金調達を経て、事業は加速していく。
2022年、第5回ジャパンSDGsアワード特別賞受賞。
現場での地道な活動が、日本政府に認められた瞬間だった。
そして現在。
活動は「点」から「面」へ。
2025年、大阪・関西万博を見据え、日本の大手企業4社と連携した「コールドチェーン(低温物流)構想」を推進。電気を届けるだけでなく、農業を変革し、産業を創るフェーズへと進化している。

Senegal, 2025. 大阪万博セネガルビジネスフォーラム
Profile Summary
佐藤 弘一 / Koichi SATO
起業家 / 株式会社シュークルキューブジャポン 代表取締役
1972年東京生まれ。1997年より渡仏し、パリ在住歴20年以上。
演劇、ITインフラエンジニアを経て、フランスで起業。
現在はパリ、東京、ダカール(セネガル)の3拠点をベースに活動。
アフリカの未電化地域に電力・通信・医療を届ける「TUMIQUI Project」を主導し、現地の社会課題解決とビジネスの両立に取り組む。
2025年より、日仏アフリカの企業連携によるコールドチェーン構築プロジェクトを牽引。
主な受賞歴・実績
- 2019年:セネガル保健省とMOU締結
- 2021年:関西電力グループ等より資金調達
- 2022年:第5回ジャパンSDGsアワード 特別賞(SDGsパートナーシップ賞)受賞
- 2025年:セネガル・ビジネスフォーラム(大阪)登壇
Affiliations
- SUCRECUBE JAPON Inc. (CEO / Japan)
- TUMIQUI JAPON SASU (CEO / Senegal)
- SUCRECUBE Technologies (Founder / France)